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ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第12回

<h3>ぷれすスタッフによる不定期連載コラム</h3>

学び直しとしての漢字検定


三輪しののい



 もう15年以上も前のことだけれど、来る日も来る日も漢字検定の問題集を開いていた時期がある。校正の学校に通っていたときに、漢字検定2級くらいのレベルは必要だと先生が言っていたからだ。パソコンの普及により、従来の手書き原稿と活字の組み間違いがないかを一文字ずつ照らし合わせる能力よりも、はなから誤植がないかを見抜く「素読み」の能力が求められるというわけである。
 漢字検定2級というのは高校卒業・大学・一般程度のレベルであり、いわゆる常用漢字(膨大な数の漢字があるなか、基本はこの範囲で使いましょうというもの)をすべてカバーしている。当時は1945字。10年前に改定されて現在は2136字ある。
「とりあえず3級の問題集をやってみてください。中学卒業レベルだけれど案外とできない問題があったりするから」
 照れ笑いを浮かべた先生を今でも思い出す。
 問題集を購入して、「どれどれ」とやってみると、案外どころかあまりできなかった……。

 そんなわけでせっせと書き取りを始めたのだが、漢字検定はそれだけでない。読みはもちろん、部首、対義語・類義語、四字熟語、熟語の構成の理解などがある。熟語の構成とは、例えば「変換」だったら「同じような意味の漢字を重ねたもの」、「必携」だったら「上の字が下の字を修飾しているもの」といったことを答えるものだ。
 次第に面白くなって、準2級、2級と進め、飽き足りなくなり準1級にも手を伸ばした。
 書店の棚を見るとわかるのだが、漢字検定の問題集は2級が一番厚かったりする。準1級、1級は逆に薄い。おそらく出題範囲と頻出問題を1冊に収めきれるのが2級までなのだろう。そのため、準1級の問題集を1冊やっても別の出版社のを開いてみると解けない問題が出てくる。読みも難しく、書いたことのない字ばかり。四字熟語なんて初めて目にするものがほとんどで2級とは大違いだ。
 結局、すべての問題集を購入して(5、6冊あったかと思う)徹底的にやることにした。問題集にも難易があるもので、解けないものの多かった2冊をメインにしてうんざりするほど繰り返した。この際ちゃんと試験を受けて、結果を出そうと思ったのだ。
 夢中でノートに漢字を書き連ねていてわかったことは、難しい漢字といっても小学校で習う漢字をパーツにして組み合わせただけということだ。また、熟語の漢字の並びも「へん」と「つくり」が上下で同じケースが多いなど法則のようなものが見えてくる。何と言うか、人間の思考のパターン、漢字の「構造」を発見したような気がして嬉しくなった。
 満を持して試験に臨み、無事に合格通知書を手に入れたわけである。
 
 校正を生業とするうえで準1級を勉強した最大の利点は、正しい漢字の字体を学んだことである。正字(正字体)と、いわゆる拡張新字体(俗字、許容字体などとも言われる)の見分けをつけることができるのだ。校正者のなかには「正字とかは苦手で……」という人もいる。これは漢字を勉強していないからである。
 例えば「摑」という字がある。あれ「掴」じゃないの?と思われるかもしれないが、正しいのは「摑」である。文学作品や学術書などはしっかりとこの正字を使う傾向にある。では「掴」は何かというと「まあ許容してやらあ」という字体である。雑誌や実用書なんかはこうした拡張新字体を使うことが多い。見た目は違うが意味はなんら変わらない。
 校正するときに「(拡張新字体は)正字に直してください」と指示されることは多い。しかし、どの漢字が拡張新字体なのかがわからないと戸惑うことになる。大雑把に言ってしまえば、気にすべきは常用漢字以外(常用外)だ。そして常用と常用外の境界を知ることができるのが準1級で、学べば自然と正字体で書き取りをするため、拡張新字体などとの判別がつくわけである。
 ところで、なぜこんな字体の混在が生じたのか? 
ものすごく乱暴な説明をすれば、「『國』という字を戦後『国』にしたんだから、『摑』のつくりの部分の『國』も『国』にしていいんじゃね?」という拡張解釈で、コンピューターが普及し始めた80年代に、「掴」をJISコード(通称83JIS。校正業界ではしばしば「悪名高き」という枕言葉がつけられてシビレる)に制定してしまったのである。こうして異なる字体があちこちで生じたというわけだ。

 さて、情熱を傾けて学んだ漢字だが、悲しいことにここ数年「あれ、どう書くんだっけ?」なんてことに成り下がってしまった。さすがに校正者として由々しき事態である。
 コロナ禍で出かける予定もあまりないし、サブスクで映画を見るのも飽きてきた。ならば状況を逆手にとって漢字の学び直しにあてようではないか!
 初心に帰って3級の問題集を購入し、準2級、2級と進めていると脳が活性化され若返る感じがしてきた。久しぶりに目にする四字熟語なども、手を動かすことでさらっと書けるようになった。よく言われるように書かないから忘れるのである。
 何とはなしに受験ガイドのページに目をやると、今はコンピューターを使って検定試験が受けられるなんてことが書いてある。CBTといって、読みなどはキーボードで入力し、書く問題は専用のタブレットとタッチペンを使うらしい。しかも都内は会場も多くていつでも受けられ、何より驚いたのは試験の4日前までに申し込めばOKという気軽さである。時代は変わったのだ。
 こうして今夏、令和版の漢字検定合格通知書(2級)を手にすることができた。
 正直、タッチペンは使いづらく、ペン先と読み取りのずれを修正してほしいと思ったが(くっつけるところと離すところがうまく書けず、何度も書き直しているとゲシュタルト崩壊に陥る)CBTはとても便利である。
 残念ながら準1級からは対応していないので受け直すつもりはないが、それでも問題集を購入してページを開いている。今となっては、よくこんなにたくさんの日常使わない漢字をさらさら書けたなと、20代の自分に感心しながら。

 新型コロナで、以前のような暮らしが楽しめないと肩を落としてばかりいても仕方がない。おそらくこの今の過ごし方によって、収束後に伸びる人とそうでない人との違いが出てくるのではないか。
「盤根錯節に遇いて利器を知る」
 ノートに漢字を書き、問題集の赤シートを動かす今日この頃である。

追記 準1級ののち1級の試験に臨みましたが、残念ながら合格には至りませんでした。約6000字の漢字の世界は、それまでの猪突猛進のやり方では通用せず……。腱鞘炎になって痛い思いをしたものの、やった分だけの実力と熱心に取り組んだ自己肯定感が残りました。

〈出版の窓〉
 クライアントによって、正字にこだわるところと、そうでないところがあります。正字を採用する場合も、「点か棒か」「棒が棒に交わるか否か」といった細かいデザイン差にまで目を光らせているところもあれば、「その本の中で揃っていればOK。ケース・バイ・ケースで」とするところもあります。
 個人的には正字が好きですが、デザインの細かな違いにまで校正者の確認要項とされるのは好むところではありません。その分の労力を誤植のチェックや事実確認に向けさせた方が良いと感じます。読者にしてみれば、漢字のデザイン差を気にするなんてことはほとんどないでしょうから。
 と言いながら、先だってゲラをチェックしていて、「呑」を「吞」に直そうかどうしようか(どこが違うかわかります?)迷っていた私です。



《著者プロフィール》
三輪しののい
1976年生まれ。神奈川県出身。

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