ぷれす通信

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読んだら書きたくなりました vol.135

『コレラの時代の愛』

ガルシア=マルケス 新潮社

1860年代から1930年代の南米コロンビアを舞台に、登場人物をびっしりと描き交錯させる手法をとった恋愛小説です。貧しくもロマンティックな青年フロレンティーノ・アリーサは、裕福な出のフェルミーナ・ダーサと恋仲になれたものの、彼女から突然拒絶されて破局を迎え、さらには地元の名士であるフベナル・ウルビーノ博士の妻となってしまうことを知ります。しかし絶望の淵に立たされながらも、ウルビーノ博士が亡くなれば再び自分にチャンスが巡ってくると信じ、ひたすら長い年月を待ち続けるのです。それは51年と9ヶ月と4日でした。筋書きだけ見ると古めかしいものですが、そこはガルシア=マルケス。それぞれの人物を血の通った人間として立ち上げて、生きること、死ぬこと、愛すること、孤独と絶望といったことを物語に詰め込んで届けてくれます。老人になるまで連れそう夫婦の心理であったり、運命の人を心に秘めながらも数え切れない人数の女性と関係を結ぶ切なさだったり、重厚な人間描写がずしっと迫るのです。功を成し、河川運輸事業の総支配人として財力をつけたフロレンティーノ・アリーサ。70代半ばにしてついに待ち望んだその時がやってきます。なぜタイトルに「コレラ」を持ってきたのかは、読んで納得してください。(かつ)

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『柿の種』

寺田寅彦 岩波文庫

手垢のついた手段としての科学より前の科学とはこういうものなのかもしれない。そうひしひしと感じさせるものが本書にはあります。地球物理学なる科学の一分野に献身してきたという著者ですが、科学とその所産を誇示する素振りなど微塵も見せず、日々あらゆることを等価に冷徹な眼差しで見つめている様が文章越しにありありと伝わってきます。観察対象自体にはさして触れず、対象の周辺や、対象と一見関係のないようなものを精緻に記述することで対象、延いては対象の裏に隠されている神秘を浮かび上がらせる。その描写方法、着眼点が俗受けを狙おうという狡猾さからではなく素朴な心から生じていると窺えるからより一層感心させられますし、ユーモアに富む内容に実に愉快な気持ちになります。明らかにすることで明らかにされず、明らかにしないことで明らかにされるものがある。自然界の途方もない因果関係を見つめ、それを追究し解明することを務めとしてきた著者が逆説的アプローチを自然としてのけ、科学を利用すれども妄信しない姿勢にただただ敬服しました。牽強付会かもしれませんが、著者が省略の文学と称される俳句に長けていたことにも妙に納得する次第です。「科学学者」ではない著者の真骨頂が堪能できる本書をこれから読まれる方には、やはり私も「なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」です。(くろ)

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