ぷれす通信

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ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第11回

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

アクセサリーに思いを込めて

 

三輪しののい

 

 休みの日に出かける際には指輪をしている。これはトイズマッコイというアメリカンカジュアルを手掛けるアパレル会社がつくった、スティーヴ・マックィーンの生誕80年を祝って発売したもので、実際にマックィーンが結婚指輪としてはめていたものをモデルにしたものだ。

 シルバーの指輪で、中央に1センチ四方の正方形の枠があり、中にイニシャルのSとM(僕も同じである)が重なるかたちでデザインされている。実はこれ、上下逆さまにするとSWに見え、リボルバーで有名なスミス&ウェッソンのマークにどことなく似ている。無類の拳銃さばきと言われていたマックィーンにぴったりというわけだ。

 

 10代の頃からアクセサリーは好きで、というのもロックバンドを組んでギターを弾いていたものだから、「装備」として必要だったのである。

 ローリング・ストーンズを演っており、竹下通りにあったGimme Shelterというストーンズ専門店で、キース・リチャーズのアクセサリーコピーを財布と相談しながら手に入れたものだ。

 お気に入りは手錠を2つくっつけたブレスレット(スカルリングと並ぶキースのアイコン)で、メッキ加工がゆえに安く、5000円くらいで購入できた。これはベルトループに引っ掛けてキーリングとしても使えてかなり重宝した。

 

 指輪に限らずペンダントも好きで、一番の宝物は表参道にあるGORO’Sというインディアンジュエリーのものである。店の前には行列ができ、最近では入店権利を得るための抽選まであるようだ。

 15年くらい前だろうか、その頃は普通に列の後ろを探して並ぶだけでよかったので、仕事を休んで足を運んだ。4時間くらい道ゆく人を眺めては待ち、ようやく手に入れたものだ。階段を上り、店の扉を開けた時は感無量だった。雑誌で目にした光景、壁から下がる革のベルトやバッグの数々、ラグマットや展示されているシルバーアイテム、やわらかい光とたゆたうような空気。

 緊張しながら店の中を見て回り、小さなフェザー形のペンダントトップと、イーグルの頭を象ったフックつきチェーンを買い求めた。その場で取り付けてもらい、すぐさま首にかけて、「魂のアイテム」を手に入れたぞ!と興奮しながら店を後にした。

 その後10年くらいどこへ行くにもつけていたが、ここのところ皮膚炎がひどくなってしまい、残念ながらいまはウォッチケースの中だ。それでもときどき取り出しては手に取って、なにかしらパワーをもらっている。GORO’Sはファッションというより、スピリチュアルなものを身に着けるものなのだ。

 

 さて、すっかり世の中が変わってしまい、旅行に出るどころか街歩きもままならないがため、アクセサリーを楽しむことができない。

 本コラムを書くきっかけは、冒頭で述べたマックィーンリングがくすんでしまっていたことによる。活躍の場を失った指輪がいつのまにか硫化していたのだ。休みの日はどこかしら外出して指にはめていたし、外した後はセーム革で軽く拭いていたのでそんなことはこれまでなかったのである。

 

 久しぶりにシルバー用のクロスで丹念に磨き上げ、部屋の中ではめて手をひらひらさせていると、指輪についた無数のキズが目にとまった。それは手のひら側の面で、数年前に来日したローリング・ストーンズのコンサートでついたものだ。

 指輪やペンダントやブレスレットをキラキラさせながら、キースのギターで体を揺らし、粘っこいミック・ジャガーの歌声に自分の声を合わせた。東京ドームにいる他のオーディエンスに負けじと大声で、声が嗄れるくらいに。10代のころから聴き続けたナンバーが次々と繰り広げられ、コンサートは大歓声で幕を閉じた。

 

 ところがその帰り道のことである。興奮冷めやらぬまま、ふと左の手のひらを見て仰天した。

 マックィーンリングがキズだらけである。

 右の指につけたスカルリング(……キースに憧れて買いました)が、手拍子でぶつかってキズがついたというわけだ。というのも、マックィーンリングはシルバー1000と呼ばれる純銀100%でできており、一般的なシルバー925(シルバー含有量92.5%、残りは銅などを混ぜて強度を保つ)に比べると軟らかいのである。そのため、スカルリングによって爪痕のようなキズが嫌というほどついてしまったというわけだ。

 なんてこった!

 絶頂から絶望に突き落とされかかった刹那、思いがけないひらめきが一気に恍惚へと誘ってくれた。

 このキズは世界最強のロックバンドの、本物のリズムとサウンドによって刻まれた「しるし」であるのだ。コンサートに足を運んだ事実と、今は鳴りやんだサウンドを目に見える形で残してくれたということではないか。

 

 何万という人たちと歓声を上げ、リズムを取り、一体となって過ごす時間はなんて贅沢なことだったろう。

 コンサートを復活させなくてはいけない。世の中を正しくあるべき姿に再び導かなくてはならない。人と人が離れることを強いる、この間違った世の中を絶対に正さなくてはいけない!

 今しばらくの辛抱は必要だが、それでもそう遠くない日に―――。

 

 唇をかみながら、キズのついた指輪の手を思いのままにぎゅっと握りしめた。

 

〈出版の窓〉

 出版業界も相次いでイベントが中止になりました。ネットで本を買い、電子で本を読み、町の書店が減っていくなか、その揺り戻しとして「リアル」の場が活況を呈していた感じがあります。サイン会に代表される書店、出版社の意匠を凝らした会場など、著者や制作スタッフと読者が一体となる場を設けることで、業界の底上げの狙いがありました。面白いのはSNSなどで興奮が伝播し、次なるイベントへ誰かを引き込むというリアルとウェブの相乗効果です。しかしこのまま完全にウェブ空間に閉鎖されてしまうのでしょうか? 会場に足を運び、空気のうごめきを他者と共有する体験が消えないことを願ってやみません。

 

 

《著者プロフィール》

三輪しののい

1976年生まれ。神奈川県出身。