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ぷれす通信

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第8回

<h3>ぷれすスタッフによる不定期連載コラム</h3>

アナログレコードの奇妙な輪


三輪しののい



ビートルズの歴史的名盤「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のラストを飾る「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が終わると、しばらく無音状態が続き突如として呪文のようなフレーズが何度も繰り返される。そのうちフェードアウトしてCDが止まるのだが、この呪文のようなフレーズはもともとレコードの内溝(ラベルの周りの無音部分)を利用して、レコード針が自動で上がらない限りいつまでも繰り返される仕組みになっているものだ。動画で見聞きできるが、やはり本物で嫌というほど体験してみたいという興味が湧いてきた。
そんなわけで、レコードプレーヤーを買ってしまった。
20代の頃は、オシャレ感からアナログ盤を買い求め、安いプレーヤー(演奏が終わると自動で針が上がる)で聴いていたが、ベルト式ゆえやや回転が速く、それが気になって結局処分してしまった。今度はベルト式でなく、速さの微妙な調整もでき、DJのようにスクラッチもできる(やらないけど)ちょっといいやつである。

電車に乗って新宿のディスクユニオンへ向かい、文字通り「持って」帰った。店員は梱包しながら「車まで運ぶの手伝いましょうか」と親切に声をかけてくれたが、手持ちで帰る(車なんてない)ことを告げると「いや、無理ですよ。15kgもあるんですよ」と梱包の手を止めた。箱は55cm×50cm×25cmといった大きさである。
「送料無料で明日には届くんですから」とあきれられたが、毎晩帰宅は遅いし宅配ボックスはいつも埋まっている。だいいち、今夜聴けないじゃないか! すでに「サージェント」のイギリス盤を入手しておいたのだ。
ということで、平気の平左で店を出た。電車を乗り継ぎ、駅から自宅まで約10分。いや~店員の言う通り重かったですよ、冗談抜きで。

さっそく箱からプレーヤーを出し、説明書を見ながらアームや針圧を調整してコンポにつなぎ、無事にセッティングすることができた。レコードなんて本当に久しぶりである。
ターンテーブルにのせてゆっくり針を落とすと、プチッ、チリチリ……と針が溝にはまるくすぐったそうな音を立てる。
フェードインするざわついた聴衆、期待感を煽る一定のリズム、そして電気クラゲのごとくびりびり痺れるギターのイントロがポール・マッカートニーのボーカルへとつなぐ。世界初のコンセプトアルバムの始まりである。
冷やしておいたビールを呷り、リズムに体を預けながら芸術的なジャケットをしげしげと眺める。派手な衣装を着たビートルズを中心に、世界各国の著名人のパネルが並んだアートワーク。左下に置いてある「福助」は、ジョン・レノンが来日の際に購入したものだ。右端の人形の女の子が着ているセーターの文字は「THE ROLLING STONES」。そのアソビゴコロがいい。あちこちで言われていることだが、ジャケットの大きさはレコードを所有する喜びのひとつである。
さて、B面も終わりに近づき、いよいよ先に述べたいつまでも続く呪文のフレーズである。確かに間違いなく針を上げない限り続く。ずっと続く。本当に続く。しかし1分もするとさすがに「もういいよ」と思う。3分でイライラし始める。5分すると気分が悪くなる。もう充分である。針を上げ、静まり返った部屋で、プレーヤーを買った理由に立ち戻ると一抹の寂しさを覚える……。
それにしても、1967年にこうしたアイデアを取り入れたビートルズはやっぱりすごいな、と改めて感心してしまった。

むかし買ったレコードを懐かしい気持ちで聴き直していたが、新調したプレーヤーをいじっているうち他のタイトルも欲しくなってきた。人の性(さが)である。
しかも最も手を出してはいけない、ビートルズのオリジナル盤に対する逃れがたい所有欲に襲われてしまった。オリジナル盤とは書籍でいう初版である。1960年代にプレスされ、ジャケットも内袋も当時の、それも本場イギリスで制作された盤をせめて1枚くらい……のつもりが3タイトルも購入してしまった。
正直お金はかかったが、自分が生まれる前に遠く海を越えた場所で作られたものが、今この部屋にあるというのはロマンがある。それに様々なブログを覗くと、ビートルズマニアがレコードの、とりわけオリジナル盤の音の良さを自慢げに書き連ねている。
かなり期待して針を落とす。
ところが「??????????」。
同じ条件で聴き比べた結果、どうしてもCDの方が音は良いのである。プレーヤーを調整し直し、レコード(盤質もそう悪くない)も専用のクリーナーで磨いてみたものの、やはりCDの方が音は良い。レコードの性能を最大限発揮できる立派なオーディオ装置であれば違うのかもしれないが(多くのリスナーは普通のオーディオ環境のはずだ)、何度聴き比べてもCDの方に軍配が上がるのである。
おかげですっかり悩んでしまった……。
脳みそをこねくりまわして導き出した結論。それは世代による原体験の違いからくるものではないか? レコードで音楽を楽しんできたか、CDで音楽を楽しんできたかの違いである。そもそも技術の進歩によって生み出されたCDが、レコードより音が悪いなどということは原理的にありえない。
本当はCDの方が優れていることをみんなわかっている。しかし、レコード愛好家は「アナログの音は温かい」と口を揃えて、なにやら血の通いをこの塩化ビニールの黒い円盤に託して人間味を付与するのだ。たしかにレコードは盤の状態による音の影響が顕著である。記録面がむきだしなので、埃だらけだと音は悪くなるし、うっかり落として深い傷をつければ針飛びして真っ当な再生ができなくなる。そういう意味では非常に繊細で人間味がある。それに比べCDは保護膜があることで、多少汚れていようが落として傷をつけようが、よほど粗雑に扱わない限り音も再生にも影響はない。
つまり「弱きを助け、強きをくじく」といった、アナログ世代のある種の価値観をレコードに結び付けているのだ。キラキラでツルンツルンのCDを手放しに評価するわけにいかない。そう考えると納得できる。

音の「良い/悪い」について述べてみたが、そんなことはお構いなしに、レコードは今もって老若男女問わず人気がある。売り場に行くと、自分と同じ世代だけでなく、20代の若者までが楽しそうにあれこれと物色している。音楽が配信に移り変わり、CDでさえ売れない時代にアナログ盤を買い求める理由とはいったいなんなのか?
あくまで個人的な意見だが、ひとつは、レコードが針で溝をトレースして、物理的に音を出していることに由来するノリの良さである。くるくると回る様子を目にしている視覚的な理由もあるかもしれないが、こればかりはどうもレコード特有のものという感じがする。デジタル化で消滅したチリノイズやスクラッチノイズといった欠点が、時にスパイスとして楽曲を演出してくれる楽しみもある。
もうひとつは、不便極まりないパッケージメディアだからこそ提供し得る、時間を慈しむ気持ちの呼び覚ましである。
例えば休みの日に、数枚のレコードジャケットをテーブルに並べて「どれにしようか?」なんて気の置けない仲間と話し、ビールでも飲みながら耳を傾けるのは楽しいものである。片面数十分で音が終わるので、話の切り替えにもちょうどいいし、レコードをひっくり返すついでに冷蔵庫からお代わりを持ってきてもいい。レコードが作ってくれる時間の区切りが、仲間との距離を感じ良くしてくれる。

時代は利便性の高さが評価され、合理的なものがもてはやされる。その恩恵に与る身としてそれらを否定する気はさらさらない。ただし、あまりに変化のスピードが速すぎることによって、悲鳴を上げてしまいそうになるのも事実である。人はどこかで揺り戻しとして、不便さを求めているのではないか? その選択肢のひとつとして、ある者はレコードを選び取り、そっと針を落として音の始まりを待つのだ―――。
新しい時代を迎えてなお、アナログ盤が心を打つのは、実のところ時代の流れに則したものであるという逆説。1周回ったとでも言おう、奇妙な輪の成り立ちこそ、この黒い円盤形メディアの底力のような気がして、なんだか愛おしさを覚えるこの頃である。


出版の窓
音楽が配信へと移り変わり、電子書籍も当たり前になった今日。便利になった反面、電子書籍は「所有」できないという問題点が、少し前にマイクロソフトの電子書籍事業廃止のニュースで記事になっていました。電子書籍は平たく言えば「読む権利を買う」というだけで、サービス提供が廃止されれば、当然読めなくなってしまいます。書店で買った本のように「私のもの」としてずっと「所有」できないわけです。しかし、モノ(物体)を手にしていることを「所有」と解釈する経験が前提にあるがゆえ問題になるわけで、「電子書籍(データ)」=「本」として育つ世代が現れれば、「所有」の概念そのものが変わってくるかもしれません。メディアの在り方によって言葉の定義も変わる。そういうことです。


《著者プロフィール》
三輪しののい
1976年生まれ。神奈川県出身。

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