ぷれす通信

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読んだら書きたくなりました vol.56

『カレー沢薫の廃人日記』

カレー沢薫 幻冬舎

廃人日記……なんともおそろしいタイトルです。副題はオタク沼地獄。なんの日記かというと、ソシャゲ(ソーシャルゲーム。SNSをプラットフォームにしたオンラインゲーム)の日記です。出てくるのは、「へし切長谷部」と「土方歳三」。ほぼこの2人のみ。彼らは著者が熱を上げている、ゲームのキャラクターです。カプセルトイを由来とする有料アイテムである、彼らの「ガチャ」を手に入れるためにお金をつぎこむ(課金する)日々が描かれています。言葉の意味すら知らなかった私はこの本の読者対象から外されるべきだったのでしょうか、著者によって。いやそんなことはないですよね。読んでよかったと思いますもの。正直、ソシャゲをやろうという気は生まれてはきませんでしたが……。けれども“人生が全編通してパッとして”なくても、夢中になれるものがあればしあわせなのだと教わりました。17万円もかけて目的を達成したところでこの本は終わっています。呆然。著者は結婚しているのですが、この本はゲームの話がメインで夫婦のことは“余談”に位置づけられています。生活もゲームがメインで夫との関係はおまけみたいなものなのでしょうか、一緒の空間にいる時間は一日5分くらい、会話も3分くらいなのだそうです。でもぜんぜん寒々しい感じがしません。夫婦の自慢できることとして著者は“強いてあげるなら「挨拶、感謝、謝罪」をちゃんと言う点であろうか”と記しています。「廃人日記」「オタク沼」と強烈なタイトルのなかにあって、この箇所は珠玉の輝きです。実は半分は夫婦というテーマだという本書(?)。ぜひ読んで味わっていただきたいです。(まち)

『水いらず』

ジャン=ポール・サルトル 新潮文庫

サルトルというと、現代思想などの本でも紹介される実存主義の哲学者ですが、難しいことは考えずに読みましょう。収録されている五作のうち、一人称でぐいぐいと引っ張っていく「エロストラート」が衝撃。銃を手に入れた主人公の男は、アンチヒーローとして後世に名を残すことを望み、巧妙に乱射計画を立てるものの、予定とは異なる場所で生と死の狭間に立たされ……。また「壁」は、思想犯として処刑を待つ囚人たちの懊悩や混乱、生への執着と諦念といった心理を、一晩という時間設定に表し、短編というフォーマットの魅力を最大限に発揮した傑作。どちらも内容的には重いものの、その分ずしっと応えます。男女の話を読みたければ、性や狂気を軸に書かれた「水いらず」「部屋」を。もう少し長い時間軸で物語性のあるものを読みたければ、工場主の跡取りとして生まれた男の成長過程を綴った「一指導者の幼年時代」を。全作読んだら、それぞれの話と実存主義との関わりに興味がわいて、哲学への道がひらかれるかもしれません。(かつ)