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ぷれす通信

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第3回

<h3>ぷれすスタッフによる不定期連載コラム</h3>

501にしてやられた


三輪しののい



いま穿いているジーンズのヒップポケットには、アーキュエットステッチも赤タブもない。アーキュエットステッチとは、各ヒップポケットの中央を横切る弓形の刺繍のことであり、赤タブとは右のヒップポケットについている小さな赤いタブのことである。
これはリーバイスの商標であるため、昨今ではむやみに真似ることはできなくなっているらしい。
1990年代のヴィンテージデニム華やかなりし頃には、多くの日本のブランドがリーバイス501の、とりわけ50年代の生地感や色落ちを再現しつつ、同時にステッチとタブを似せていた。

当時、二十歳そこそこの青年はファッション雑誌を開いては思った。
501が欲しい。
それもヴィンテージの501が。
ウォッシュ加工を施してヴィンテージ風に仕立てたレプリカではなく、時の洗礼を受けて色落ちした(あるいはこれから自分で色落ちを楽しめる)本物の501。
とはいえ、学生だった自分に数十万円もするヴィンテージリーバイスを買う余裕はない。雑誌に掲載された写真を見ては、溜め息を漏らしたものである。

ヴィンテージリーバイスの王者は、腰のところのパッチに501XXとの表記がある「XX(ダブルエックス)」、その次が赤タブに記された文字がLeVI’SではなくLEVI’Sの「ビッグE」、やや時代が近くなりフロントボタンの裏に6の刻印がある「66(ロクロク)」、この辺りまでがヴィンテージ特集として雑誌に取り上げられていたオールドリーバイスである。

しかし、66でさえ十数万円の値が付き、比較的安いものはサイズが極端に小さかったり大きかったりインディゴの色が落ちきっていたりする。
自分のような学生の手の届くものは、66の後の「赤耳」(デニムを裏返して見える、縫い合わせ部分の布に赤いラインが入っているというだけ。それ以前のものも基本的に赤耳だが糸の違いや細かい仕様、色落ちの感じが異なる)と呼ばれる80年代のリーバイスだ。
かろうじて色が残っているものでも4万円近くした。

「赤耳」はヴィンテージでなく、古着に近い扱いであったが、それでもレプリカや現行ものとは違う風合いに魅せられ、VISAカードを武器にして買い求めたのである。
秋風の吹く11月の夜だった。
その日はうれしくてうれしくて、鏡の前に立ってはヒゲ(フロントボタンの横や太ももに入った座りジワの線)やロールアップしたときに見える赤耳の可憐さを飽きもせず深夜まで愛でていた。

そのジーンズを穿いてから間もなく、久しぶりにガールフレンドができた。きっとこの「赤耳」はラッキーアイテムに違いない! そうだ、ラッキーデニムと呼ぶことにしよう。
豪雪だろうが暴風だろうが豪雨だろうが猛暑だろうが、連日そのラッキーデニムを穿いてあちこち出かけまくった。
「赤耳」とはいえ、少しファッションに興味のある連中はジーンズを値踏みするような視線を投げかけてくる。場合によっては隣を歩く女の子にもその視線を向けた。それが羨望を表していたら、もう幸せというしかない。

しかし、若かりし恋愛の多くがそうであるように、甘い時間はいずれ終わる。
すったもんだのすえ、1年足らずでガールフレンドはただのフレンド(……というか以下)に戻ってしまった。
そればかりか、幸せの時間を共有していたラッキーデニムに穴が開いたのである。膝に空いた小さな穴は、あれよあれよと真横に割けめをつくった。ラッキーならぬ「泣き」デニムとなってしまったのだ。
しょせんは綿の古着。光にかざしてみると生地はやせ、尻も擦り切れそうだった。

憎き恋敵は、集合住宅に住む社会人の501(!)号室の男だった。
実のところ僕が501号室の彼から彼女を奪ったのだ。でも奪いきれなかった。気持ちをつなぎとめることができなかったのである。
これも宿命。僕の部屋は、さびれた学生寮の105号室(本当です)。日の当たらない、1階の隅の部屋である。文字通り501号室とは真逆だった。

その後、僕は「恋人」という括りにこだわることをやめた。
お互いに束縛しないフラットな関わりができる相手と親しみ、フィーリングを大切にして時間を過ごすことを楽しむようになった。

ほどなくしてヴィンテージデニムブームは終焉を迎え、僕は仕事に就き、スラックスを穿く毎日を迎えた。
さようなら、インディゴブルーの日々。

それでも、仕事が生活の中心となり、働いた30代が終わりに近づいた数年前。
何とはなしにジーンズショップに入ったところ、色合いや触り心地や生地の匂いが胸をあつくさせた。
久しぶりに一本買い求めた。
ヴィンテージの風合いを再現した日本のデニムである。
先に述べたように、アーキュエットステッチも赤タブもついていないが、そんなことはかまわない。ワードローブとしてジャケットに合わせ、オンオフかまわず穿いて楽しんでいる。

しかし、この頃ふと思う。
あの、「501体験」の頃の意欲やら気概もあるいは必要なのではないか。
トシを重ね、気ままな独り身暮らし(気ままと言えるかは微妙ではあるが)を送ってはいるものの、昔日の熱情や憧れを記憶の底に沈めてしまうだけでよいのだろうか。
いっそアーキュエットステッチに火矢を射てもらい、赤タブくらいの小さな火でも尻につけないと、このまま独り老いさらばえていくだけになってしまわないか。

そんなことを考え、再び501に目を向けてみようかと思う次第である。
XXへのこだわりがほとんど残っていないのは、自分がヴィンテージ化へと向かいつつあるせいなのかなどと、想像を働かせながら。

注:写真は20代の頃に購入したアメリカ製のレプリカ501XX。リーバイスは製造を国外に移したので、このモデルでもデッドストックであれば当時の定価より高い値がついている

〈出版の窓〉
校正者の会話に耳を傾けると「ここは、耳つけとこっかな」なんてことがある。
「耳」とは、「疑問出し」=「?」の意味。おそらく「?」の字形が耳の形に似ているから。
疑問出しは基本的に鉛筆で書くので、赤ペンで耳をつけて「赤耳」にするのはよろしくないらしいです。

《著者プロフィール》
三輪しののい
1976年生まれ。神奈川県出身。

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