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ぷれす通信

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第1回

<h3>ぷれすスタッフによる不定期連載コラム</h3>

追憶のオードトワレ


三輪しののい



ときどき、電車の中で懐かしい香りに出合うことがある。過去に自分がつけていたフレグランスである。
初めてしかるべき値段のする(つまりコンビニなどで売っているものではない)香水を買ったのは大学生のときで、1996年の夏のことだった。買い求めたのはラルフローレンの「ポロ スポーツ」。筒状の青いボトルに太い銀のキャップが目立つスプレータイプのオードトワレだ。メンズファッション雑誌などの「モテる香水ベスト10」なんかでトップに躍り出ていたものである。

当時、数か月のカナダ留学(オンタリオ州のカントリーサイド)に参加しており、その一端に観光プログラムがあって、トロントに出かけた際にデパートで購入した。
男女数名、和気藹々とロブスターを食べに行く前、立ち寄ったデパートでめいめいムエットにふきつけて冷やかしていたのだけれど、爽やかすぎない爽やかさ(ちょっと海の香りがする)が良かったので購入した。そうしたら、ビーチタオルが「おまけ」でついてきて、でかでかとした袋を抱えてレストランへと向かうことになってしまった。得したけれど、その後の観光の荷物が増えて大変でもあった。ちなみに、友達はカルバンクラインの「シーケーワン」を購入した。幸か不幸かおまけはなかった。

帰国後も毎日「ポロ スポーツ」を身にまとっていたのだが、残り少なくなるにつれ、ほかのものにも興味がわいてきた。いまもあるのかもしれないけれど、当時、雑誌の香水の広告ページは、ブランドによって圧着はがきのようになっているものがあり、それをペリペリはがすと新製品の香りをかぐことができた。これは楽しい反面、その香りが気に入らないと雑誌そのものを開くのがつらいという欠点もあった。

そんな折、雑誌にあったシャネルの「アリュール オム」の発売広告が目に入った。たしか1999年3月の発売だったと思う。シャンパンゴールドの四角い瓶で、アクティブな「ポロ スポーツ」とは逆に、落ち着いた大人の気品が漂っていた。圧着はがき式広告だったかは記憶にない。ちょうど職探しをしていたこともあり、気分を変えたくて渋谷の東急百貨店で購入した。店員のお姉さんの笑顔がとても素敵だったのを覚えている。
甘みを含んだスパイシーさが体温と時間の経過でやわらぎ、使う人ごとの香りを生み出して、ゆっくりと消えていく感じが心地よく、すっかり気に入ってしまった。ひと瓶使ったあとも同じものを買い求めた。世紀の変わりめに「アリュール オム」を身にまとったことを僕は誇りに思っている。
その後、いくつかの香水を試したものの、そこまで気に入るものはなく、職場の男性でフレグランスに興味を持つ人もいなかったことから「アリュール オム」とも遠ざかっていった。

そういえば、ちょっと前まで「香水のつけすぎに気を付けて」といったマナーを促すパネルなんかを駅などで目にしていたものだが、最近はすっかり見なくなってしまった。
おそらく香水をつける人が少なくなっているのだろう。
これは、ファッションの中での香水の位置づけが「プラスアルファを楽しむ」というものであり、ファストファッションが席捲している現代において、傍流になってしまったことを示しているのではないか。着るものの値段よりも高価な香水を身にまとうのは、本末転倒とまではいかないにせよ何か違和感がある。

アトマイザーに入れ替えて持ち歩いた「アリュール オム」でさえ手放してしまった自分に、あれこれ言う資格はないのだけれど、少し寂しいのは事実である。
実家には、記念にとっておいた「ポロ スポーツ」の瓶が引き出しにしまってある。もう20年くらいたつが、その瓶に鼻を寄せると、間違いなくあのころの香りがする。ビーチタオルはいつか使おうと思ったままどこかへ消えてしまい、寝食を共にした仲間のほとんどと疎遠になってしまった。
引き出しの中の「ポロ スポーツ」は、費えた日々を香りという言葉で語ってくれる。時として大切に書き記した日記の文字よりも、当時の心情を事細かく憎たらしいくらいに再現してくれる。
小さな瓶にそんな魔力があるとは当時は露ほども思わなかった。いや、霧ほども思わなかったというべきか。

〈出版の窓〉
1996年は、書籍・雑誌推定販売金額が2兆6564億円で出版業界の栄華を極めたピークの年である。その後は出版不況へと向かい2016年は1兆4709億円。特に雑誌の凋落は目を覆う惨状で、1996年の1兆5633億円から7339億円にまで落ち込んでいる。雑誌の記事に胸を躍らせていた20代を思うと悲しいものがある。(データは「出版科学研究所」によるもの)

《著者プロフィール》
三輪しののい
1976年生まれ。神奈川県出身。

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