ぷれすスタッフによる不定期連載コラム
なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第23回
秩父アイラブ
三輪しののい
なんだか疲れたなぁ、と思うと秩父に行くことにしている。
池袋から西武線の特急ラビューに乗って約80分。コーヒーを飲み、音楽を聴きながら景色を眺める。
この電車は近未来的なデザインで窓が大きく膝近くまであり、シートもイエローに統一されていて乗車そのものが楽しい。
秩父に行くといっても、長瀞で川下りをしたり、武甲山でハイキングをしたりするわけではない。
西武秩父駅直結の温泉施設があり、そこの湯にのんびり浸かるのである。
改札を出ると受付へまっしぐら。さっと手続きをすませ、レンタルタオルを手にして脱衣所へと向かう。脳内がすっかり温泉記号で満たされ、別の意味で頭から湯気を立てていそうである。
お目当てはやはり露天の天然温泉。
空を眺めながら鳥のさえずりを聞くと、いろいろなことがほどけていくのがわかる。
子どもから老人まで、賑やかだったり寡黙だったり、おのおの湯あみを楽しむ様子がまた気持ちを穏やかにする。見知らぬ子たちと肩を並べて入るのもなかなかよい。
内湯も露天も同じくらいの広さで種類豊富がゆえ、時間を気にせず、ほてりを冷ましてはいろいろな湯を堪能できる。
こうした公衆の浴場というのは、平和を象徴してはいないだろうか。武器もなければ防具もなく、文字通り裸で、譲り合いながら場所を共有しているのだから。
効能表に書かれている筋肉痛とか冷え性とか疲労回復などのほかに、「平和の実感」とか「平等な利益配分の認識」なんてことを追加したくなる。
さて、温泉で身ぎれいにしたあとは、少し歩いて秩父神社にお参りに向かう。
ご鎮座2100年以上、社殿は徳川家康が寄進したもので、名匠・左甚五郎の虎や龍の彫刻も見どころの一つだ。
その社殿の各所には、鳳凰や梟や「よく見て・よく聞いて・よく話す」三猿(日光の逆ですね)など、様々な瑞獣や動物が彩り豊かに施されている。
何年か続いた修繕も終わりに近づき、塗り直された彫刻は、朱や青や金が「映え加工?」というくらい驚きの鮮やかさで甦っている。
たくさんの神様に手を合わせ、境内の空気を身に纏うと、ふつふつと力が湧いてくるから不思議だ。
秩父の町は程よくまとまっているところがよい。
12月の例大祭は特別なものとして、普段はギラギラした感じがない。
駅へ戻る途中、レトロな食堂「パリー」や、人気ラーメン店「珍達そば」など、肩肘張らずにお腹が満たせ、それでいて遠足気分も味わえる。
夕空を背負った武甲山にさよならを告げるとき、新しい自分がそこにいる。電車は「日常」へ戻るのだけれど、もう大丈夫。気持ちは明日を向いている。
こんなふうに個人的なリセットエリアを準備しておくと、案外なんとかなるものだ。
「どうも最近……」という方は、ラビューに乗って秩父はどうでしょうか?
〈出版の窓〉
外国の地名の日本語表記は、1991(平成3)年に内閣告示された「外来語の表記」がもとになっています。
「よりどころ」という立ち位置なので絶対的なものではありません。そのため現在も表記ゆれは存在しており、新聞社や出版社などの用語辞典でそれぞれ一覧を掲げるなどしています。
この表記ゆれは、明治・大正期から問題だったようで、当時の文部省や学術団体なども統一を試みるべく出版物を刊行していました。世界各地の原音を、カタカナに収めて確定するというのは、やはり難しいことなのですね。
ちなみに本文で触れたパリー食堂の創業は1927(昭和2)年。ためしに1914(大正3)年刊行の史学会編『外国地名人名呼称一覧』でParisを調べると、「パリー」と記されています。
当時はパリではなくパリーが主流だったのでしょう。
《著者プロフィール》
三輪しののい
1976年生まれ。神奈川県出身。