ぷれす通信

communication

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第21回

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

リーディンググラスと呼ばない理由

 

三輪しののい

 

 幼い頃から一貫してよかったものが視力である。

 年に一度くらい眼科にかかることがあり、その度に視力検査スタッフに羨ましがられている。さすがに小学生のときの1.5は遠のいたが、1.2~1.0のあたりを行ったりきたりといった感じだ。

 そうは言ってもここ数年、ゲラを見ていて疲れることが増え、目薬を頻繁にさすようになった。相変わらず遠くははっきり見えるのだけれど、書きものをしているときなど違和感がある。

 なんとはなしに先輩に話してみたところ、顔のすぐそばにゲラを広げられ「どう? 読める?」と聞かれた。

 読めなくはないが、文字がぼやけて見える。

 そう告げると、満面に笑みを浮かべてひと言。

「老眼だね」

 

 寄る年波には勝てないとはよく言ったもので、ついにサングラス以外の眼鏡を買うことになってしまった。

 老眼鏡である。(リーディンググラスなどと言葉を濁して、悪あがきはしない)

 しかしこのシロモノ、いちいちかけたり外したりと煩わしいことこの上ない。そもそも眼鏡に慣れていないため、なおさらイライラする。

 

 先輩やベテラン校正者をつかまえて愚痴をこぼしてみるのだが、みんな「そうかぁ、老眼かぁ~。うんうん。ガハハ(ウフフ)」と同情心ゼロである。

 老眼鏡は「老眼境」とでも書き表そうか、境目を象徴するアイテムで「あなたも老いのエリアに足を踏み入れたのだよ」ということらしい。老眼境を略すと「老境」である。

 

 まだ「+1.0」という入口であるが、トシを重ねていくうちに、だんだんと度数が上がるのかもしれない。

 老眼境を遠く背にして、いずれは「老眼京」の住民として落ち着くわけだ。

 顔を上げると同時に当たり前に眼鏡を外したり、小鼻にずりさげ、上目遣いで「ん?」なんて返事をしたりするのだろう。

 なまじ、目に自信があったものだからショックは大きい。

 

 過日、久しぶりに会った同級生にその話をしたところ、偶然にも同じように近くが見えづらくなって落ち込んでいたそうだ。ともに視力のよさを誇っていた仲だけに話が弾み、僕が老眼境の解説をすると、興味を示してのってきた。

「きっと、老眼共や老眼協、老眼興なんていうのもあるかもね」といったふうに膨らんでいく。

 年月の重みを共有できる友がいるというのは、たいへんにありがたいこと。

 お互い相手を前に、20代や30代の頃とは変わったなと、いろいろなことを感じ取っているに違いない。それこそ「鏡」のように、相手だけならず自分自身のことも。

 大切なのは、目を背けずに向き合うことなのだ。

 

 こうして、老眼鏡は言葉遊びを引き連れて、ものの見方を変えてくれる。

 僕がリーディンググラスと呼ばない本当の理由はそこにある。

 目の前を拡大するだけでなく、世界を広がりのあるものにしてくれる。そういった魔法が老眼鏡にはあるのだ。

 

 

〈出版の窓〉

 振り仮名のことを出版・印刷用語でルビと言います。ふだん何げなく目にしているものですが、組み方の種類やルールがたくさんあり、作り手側からすると案外と手強い相手です。

 種類について少しお話しすると、モノルビとグループルビというものがあります。モノルビとは、言(こと)葉(ば)のように漢字単位にルビがつくもの。グループルビとは、眼鏡(め が ね)のように、漢字単位には振り仮名を当てられない熟字訓などにつけるもので、均等にアキを入れて組むものです。

 しかし、なかにはどちらで組めばよいのか判断しづらいものもあり、出版社によってはこの熟語はモノルビ、この熟語はグループルビといった、一覧表を準備したりしています。

 ご興味のある方は、単行本、雑誌、文庫など何冊か手にとってルビをご覧になってください。(出版社やジャンルを問わず、たくさん見るのをオススメします)

 もし、モノルビ・グループルビ以外にも何かしら違いに気付いて、そこに面白さを感じるようであれば、出版・印刷業界に向いているのかもしれません。

 

 

 

《著者プロフィール》

三輪しののい

1976年生まれ。神奈川県出身。