ぷれす通信

communication

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

なんでも書いていいって言ったじゃないか! 第17回

ぷれすスタッフによる不定期連載コラム

アップルペンシル一本で

三輪しののい

 校正を学んでみようと思った20年くらい前のこと、「赤鉛筆一本でできる仕事」といったキャッチフレーズを何かで目にした記憶がある。

 気軽に始められるという意味では間違っていないが、現場に身を置く身からすれば赤鉛筆一本というのはやはり難しいだろう。

 当時から赤ペンが主流だったし、疑問出しとして使用する鉛筆の方を手にする頻度が高い。補助的な指示に青色などを使うこともある。

 しかし、そのフレーズもちょっとアレンジすれば、今流の校正が学べる講座として耳目をひきそうである。

「アップルペンシル一本でできる仕事」

 経験から書籍の話となるが、出版社がリモートワークを取り入れてから、ノートアプリ等を使って、PDF(原稿のデータ)に赤字を書き入れたものを目にするようになった。

 アップルペンシルなどのスタイラスペンを使えば、iPadに取り込んだ原稿に画面上から文字が書ける。色も太さも変えられ、文字入力もできるし、他にも至れり尽くせりの機能がある。

 ここ数年で、編集者と組版会社との原稿のやり取りはPDFが主流になっているようだ。編集部で出力し、原稿をチェックし終えたら、その複合機でスキャンして組版会社にメールで戻す―修正を依頼する―という流れである。

(僕は校閲部に在籍しているが、同じように編集者からPDFを受け取って出力し、校正を終えたらスキャンして編集者に戻すケースが多い)

 ところがそのリモートワークによって、出力とスキャンが難しくなってしまった。

 ある編集者によれば、当初は印刷サービス店やコワーキングスペースなどに駆け込んだらしい。しかしそれでは出社するのと変わらない。抜本的な解決策として、タブレットに直接書き込む方法で、在宅勤務の難局を乗り越えたわけである。

 判型によって多少の気苦労はあるが、「そうするしかない」と思うと案外慣れていくようだ。原稿の赤入れを終えたら、時間も場所も問わず、すぐさまメールで戻せるという点もよい。

 極端な話、デスクワークレベルで見るなら、家を出る目的は複合機にあったとも考えられる……。

 編集者が在宅勤務になれば、出向いていた校正者も会社に入れなくなる。同様にタブレットとスタイラスペンで校正をする動きが見え始めた。僕もその流れを汲んで「アップルペンシル一本」で校正をしてみたクチである。

 もちろん、ずいぶん前からワードやPDFのコメント・注釈機能による入力で校正する方法はあった。だが、指摘が多く入る媒体ではかなり見づらく、編集者も四苦八苦したそうで、暗黙裡に校正紙へと戻った過去がある。

 アップルペンシルであれば、紙と同じ感覚でスムーズに書き込めるし、編集者も校正の指摘に対して採用・不採用の〇や×を入れたり、メモを添えたりと、なんらストレスがかからない。

 では、このままペーパーレス化が進み、校正業界から紙は消えてしまうのだろうか?

 肌感覚からすれば、まだまだずっと先のことと言えそうである。長年触れてきた紙の方が作業しやすいし、バッテリーやバックアップを気にすることもない。

 厚いゲラを前にしたときの意気込み、武者震いは、物理的なものなればこそだし、お気に入りの筆記具を武器にして格闘する楽しみもある。指摘を書き直したり、「よそ行きの字」に書き改めたりして、デスクに散らかる消しカスも案外と愛おしい。鉛筆の消し跡が、言外のメッセージとして生きることもあるのだ。

 かと言って紙に固執せず、タブレットという新たな仲間を歓迎するのも大事である。状況によって使い分けることで、仕事の幅が広がることは間違いないだろう。

 紙しかなかった校正業界も、PCやタブレットと間口を広げ、しっかりと時代に即した動きを見せている。事実確認もウェブ検索が中心だし、ペーパーレス化はSDGsの取り組みにもつながる。時代に取り残されることなく、変化に対応できている職業はこれからも続いていくはずだ。

 そういうわけで、多少オーバーかもしれないが、この機会にお誘いしてみようと思った次第である。

「アップルペンシル一本でできる仕事」ですよと。

〈出版の窓〉

 校正者にとって、ペーパーレス化による懸念の1つが作業期間の短縮です。

 データでのやり取りを前提に制作スケジュールが組まれてしまうと、これまで宅配などでの受け渡しにかかっていた「紙の移動時間」を圧縮されてしまう可能性があります。

 ゲラが届くまでPDFで予習したり、宅配での返却が厳しい場合は持参に切り替えギリギリまで作業に充てたり、といった余地がなくなるわけです。

 しかし、校正するのは人間なので――劇的なイノベーションがあるわけではない、やはりゆとりのある日程を確保し続けてほしいですね。

《著者プロフィール》

三輪しののい

1976年生まれ。神奈川県出身。