ぷれす通信

communication

2015年2月号

デッドゾーン 校正の原点

現在のスタイルの「校正通信」になって、5年が過ぎました。この間、連載してきた当コーナーも、今号で最終回です。最後にふさわしい話題を、とあれやこれやと考えましたがまとまらず。で、迷ったら初心にかえれ(?)というわけで、「校正の原点」について語って締めくくることにしました。

 そこで、考えたいのが私たち校正者を取り巻く環境の変化です。この20年、デジタル技術の発達がもたらしたDTP(Desktop Publishing)やインターネットの爆発的普及によって、出版編集の世界は大きく変わりました。校正の仕事に限っていえば、一つは手書き原稿が減って、初校の段階から素読み校正を行うようになったこと。二つめは、DTPは簡単に修正がきくという気安さから、原稿整理が十分になされずにゲラの段階で(つまり校正の段階で)整理作業を行うようになったこと(原稿校正という名の整理作業もたまに……)。三つめは、インターネット上で様々な情報が得られるようになったため、校正者による事実確認作業(いわゆる校閲作業)が増加したこと。等々。

 このうち、二つめと三つめの変化は、校正者が編集者の本来業務を肩代わりするという守備範囲の話ですが、一つめの変化は校正者の質的変化(技能の低下)を引き起こしかねない話です。つまり、「較(くら)べ合わせて誤りを正す」基本的技能(引き合わせ校正)を維持するための「仕事」が減ったということです。技能の伝承という面でも由々しき事態!!

 ところが、皮肉というべきか、デジタル技術の発達は組版ソフトを進化させた一方で、旧(ふる)いソフトで作った組版データが新しいソフトにうまく移行できない問題(文字化けやレイアウトの崩れ等)を発生させたり、DTPの手軽さが著者や編集者によるゲラへの自由奔放な書き込み(追加・訂正指示)を招いたりして、結果的に原本照合や赤字合わせ(いずれも引き合わせ校正)の作業を増やしているのです。

 結局、デジタル技術が高度化すればするほど、それを支えるために人間のアナログ的な技がますます求められるということではないかと思います。オリジナル(原稿)から複製物(本)をつくる出版行為に、正しさを保証していくのが「校正の原点」。〈ぷれす〉校正スタッフの採用試験に、いまだ手書き原稿の引き合わせ校正を課しているのは、そんな思いも込めているからです。(ら)

この一冊!『漢字ときあかし辞典』

この一冊!『漢字ときあかし辞典』

『漢字ときあかし辞典』

円満字二郎 著

研究社/688ページ

ISBN-10: 4767434718

ISBN-13: 978-4767434711

価格:2,300円(税別)


『漢和辞典に訊け!』などの著者・円満字二郎氏がつくった漢字の辞典です。

「ときあかし」というだけに、従来の漢和辞典とはかなり違っています。部首索引も総画索引もなく、見出し字は五十音順に並んでいます。巻末の索引は音読みも訓読みも載っているので、どちらか読めれば引けるというわけです。

収録されているのは「日常生活でよく使う」2,320字。常用漢字はすべて含まれています。しかし、常用漢字かどうかという表示はなく、JISコードも載っていません。字体も見出し字のほかは「以前は」という書き方での旧字体のみ。詳しく調べたいという方はもの足りなさを感じるでしょうが、見出し字は正字で載っているので校正の仕事でも十分使えそうです。部首索引もないうえに本文も部首ごとに並べられていないのですが、それぞれの見出し字にはその漢字の部首が読みと共に載っているので、特に不自由に感じることはありません。

「だれでも読める漢字の辞典」を基本につくられた本書は、辞典というよりは「ひとつながりの“読みもの”」のように、それぞれの漢字の意味やなりたちなどが文章の中で解説されていて、字の全体像がわかるような構成になっています。

熟語の例は、漢和辞典では最後に羅列されていますが、本書ではその意味のところで例示しているので、どの意味で熟語として使われているのかがよくわかります。また、「香」「薫」や「青」「蒼」「碧」のように訓読みが同じ漢字について、ニュアンスの違いに触れているのもとても参考になります。

1字ごとにキャッチフレーズのような短い見出しがあるのも斬新。例えば校正の「校」なら「三つの世界で三つのイメージ」。そこから内容を読んで深めるのもよし、小見出しだけ読み進むのも楽しいかもしれません。

辞典なのでページ数も字数も多いですが、読破してみたいと思わせる、そんな不思議な魅力のある本です。(I)