ぷれす通信

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2014年2月号

デッドゾーン 校正者信仰

文章を扱うプロフェッショナルとして、作家、ジャーナリスト、雑誌・書籍編集者といった、いわゆるクリエイター系とは一線を画し、冷静沈着にゲラの上の言葉に手を入れていくのが校正者です。文法に則ってエンピツを入れたり、拡張新字体(略字)を正字体に直したり、歴史的事実を丹念に調べて執筆者の誤解を修正したりと、その指摘の鋭さに感動するクライアントの声をよく聞きます。

 評価されるのは嬉しい限りですが、時に「(下手な)文章をどうにかしてほしい」という校正者信仰とも思えるような“期待”には慄きを覚えます。実体は、執筆者、編集者が本来為すべき自分の仕事を果たせていないことから来る“押しつけ”ではないかと思うこともしばしばです。期待が校正者の自信を高めてくれればいいのですが、“過信”に膨らんでしまっては校正者が自分の領分を逸脱してしまいかねません。

 今号の「この一冊!」で取り上げた時代考証には雑学的な知識が必要とあります。校正者も同様でしょう。しかし、すべてを網羅するような雑学を各人が持つことは非現実的。自分の持つ雑学には偏りがあることは自覚しておいていいかもしれません。

 たとえば、ある芝居好きの校正者が「もとの木阿弥」を、自信たっぷりに「もとの黙阿弥」に直してしまった例※などは、自らの偏りに無自覚であったがための失敗といえるでしょう。

 「過ぎたるは~」の諺を引くまでもなく、校正者への期待が高まっている今だからこそ、謙虚さを忘れずにいたいものです。(お)

※藤田初巳『校正のくふう』印刷学会出版部

この一冊! 『考証要集 秘伝!NHK時代考証資料』

この一冊! 『考証要集 秘伝!NHK時代考証資料』

『考証要集 秘伝!NHK時代考証資料』

大森洋平 著

文春文庫/327ページ

ISBN-10: 416783894X

ISBN-13: 978-4167838942

価格 651円(税別)


本書は、NHKの時代考証担当者が、ドラマやドキュメンタリー番組の制作で何度も繰り返し指摘したもの、知っていると役立つものなどを選び、五十音順に整理した資料が基となっています。

 さて、時代考証とは何でしょうか。著者は「番組で取り上げられる史実・時代背景・美術・小道具等をチェックして、なるべく史的に正しい形にしていく作業」だと言います。時代考証は、NHK内部でも「時代劇のみを扱うもの」と思っている人が多いらしいのですが、実際には、「戦前・戦中劇はおろか、東京五輪の頃まで考証の対象」としています。

 では、どのような項目が取り上げられているのでしょうか。言葉に関するものを挙げると、例えば「牛耳る」は「牛耳を執る」を縮めたもので、明治・大正の旧制高校生の造語なので時代劇では使用してはならないとか、殿様の命令に「御意!」と答えるのは誤りだとか、射殺と銃殺の違い(射殺は鉄砲で撃ち殺すこと、銃殺は射殺による死刑)、軍人が使う「~であります」は旧日本陸軍の語法で、海軍では原則として使わない等々、興味深い例が並んでいます。

読んでいて身につまされたのは、意見を申し述べても、それをどこまで取り入れるかは演出家の判断だという点です。「せっかく巨費を投じた豪華なセットや衣装が、本来一文もかからずに修正できたはずの無神経な所作や台詞のために台無しになってしまう」――校正の現場に置き換えてみたとき、頷く人もいるのではないでしょうか。

 本書にはうれしいおまけ(?)があります。各項目の説明文に、各種辞典から新書まで、実に数多くの典拠資料が挙げられているのです。「へえ、こんな本があるのか」「○○辞典にはそんなことが載っているのか」等々、非常に役立ちます。著者も言うように「雑学的な知識を大量に仕入れることが重要で、様々なジャンルの本を読むのがその第一」。それらの資料も手に取ってみてはいかがでしょうか。知識を得られるだけでなく読書の楽しみも広がります。(S)