ぷれす通信

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2011年1月号

デッドゾーン 「目線」の品格

最近よく耳にしたり目にしたりする言葉に「目線」というのがあります。テレビでも活字でも、ふつうに使われているようですが、なんかヘンだなあと思って国語辞典を引いてみると、やっぱり……。「視線。もと、映画・演劇・テレビ界の語」(「広辞苑」)とあり、前号の「この一冊!」で取り上げた『日本語 語感の辞典』では「くだけた会話に最近よく使われる俗語」であって「改まった会話や硬い文章で使うと今でも品格を落としかねない」とまで書かれています。

つまり「視線」のギョウカイ用語が「目線」というわけですが、なるほど、映像の世界では「目」がどこを向いているのかが重要ですから、ディレクターあたりに「●○ちゃん、視線はこっちね」というより「●○ちゃん、目線ちょうだい」と言われたほうが若いタレントはピンとくるかもしれません。

このギョウカイ用語が、おそらくテレビの影響なのでしょう、出演する芸能人たちの口から次々に出てくれば、いつの間にか茶の間に浸透してしまう。今では、「目線」の持つ意味は拡大されて、「子供の目線で」とか「庶民の目線で」とか、本来「視点」や「立場」という言葉を置くべきところを、この新語が代替してしまっています。

では、だからといって、この言葉がゲラに出てきたら無条件に指摘すればいいのかというと、そう断言できないのが日本語校正の難しいところ。鳥の目、虫の目、魚の目――、校正者目線がナニゲに大事ってことなんです。

この一冊!『昭和を騒がせた漢字たち 当用漢字の事件簿』

この一冊!『昭和を騒がせた漢字たち 当用漢字の事件簿』

『昭和を騒がせた漢字たち 当用漢字の事件簿』

昭和を騒がせた漢字たち 当用漢字の事件簿

円満字二郎 著

吉川弘文館(2007/10)

218ページ/四六判

ISBN 978-464-205641-0

1,700円(税抜)


戦後、漢字使用に制限を設けることで、識字率の向上に貢献した当用漢字(昭和21~56年、1850字)。本書は、戦後復興から高度成長期に起こった、政治、犯罪、教育、社会問題のエピソードに絡めて、当用漢字(表)がもたらした功罪を物語っています。

昨年末、常用漢字が改定され、皆さんの校正作業にも影響が出ていると思いますが、なぜ今ごろ、このコーナーで当用漢字の本を取り上げたか――。

「当用」「常用」問わず、漢字表がもつ意味や役割が、時代の変遷のなかで、どう変わりどう捉えられてきたか。その軌跡をたどることで、言語記号として、またコミュニケーションの手段として、漢字や言葉のもつ意味を問い直すひとつの契機になるのではと。文字に携わる者が総合的な力を強化するうえで、欠かせない一冊になると思います。(山)