ぷれす通信

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2012年2月号

デッドゾーン “全然いい”でイイんです

――本当です。「全然いい」でいいんです。エンピツは出さなくていいのです(とまでは言えないか)。

 

日本経済新聞(昨年12月13日7:00Web版)の記事に、「全然は本来否定を伴うべき副詞である」というのは国語史上の“迷信”である、と書いてありました。

 

記事によると、明治から昭和戦前にかけて、「全然」には否定も肯定もつきました。研究者が調査したところ、「全然」の用例中、昭和10年代は60%が肯定表現を伴っていたそうです。否定を伴う形が広まったのは昭和20年代後半だそうで、歴史としてはかなり新しい部類に入ります。

 

研究者が集めた中には、金田一京助さんの「前者は無限の個別性から成り、後者は全然普遍性から成る」という文例も含まれています。これは「否定的意味やマイナス評価を含まない」例ですが、つまり、必ずしも否定表現を伴う必要はないのです。規範ではないから、学者である金田一さんもこのような文章を書かれたのでしょう。

 

ということは、「全然平気」「全然大丈夫」「全然いいじゃん」――どれもOK、なんですね。

 

昨年9月17日の朝日新聞「天声人語」にも似たような内容が書かれていました。「ら抜きは日本語の乱れの象徴とされるが、昔からあった」。あと「形容詞の語幹で感嘆を示す」のも昔からだそうです。「寒(さむ)」「怖(こわ)」は広辞苑にあるとのこと。掘り出せばまだまだ、迷信やことばの変化が出てきそうですね。

 

下で紹介している『ことばから誤解が生まれる』にもあるのですが、ことばは多分な要素を含んでおり、正しい・正しくないと易々とは断定できないのです。

 

現在、「正しい日本語」シリーズと言わんばかりに、数多くの本が売られていますが、そこで取り上げられている例は氷山の一角。ふだん意識されないことばのほうが、実は私たちの知らないうちにじわじわと変化しているのです。気がついたときには……?(S)

この一冊!『ことばから誤解が生まれる』

この一冊!『ことばから誤解が生まれる』

『ことばから誤解が生まれる』

ことばから誤解が生まれる

飯間浩明 著

中公新書ラクレ(2011/5)

288ページ/新書判

ISBN 978-4-12-150386-2

840円(税込)


校正者から編集者、ライターまで、職業的に文章を扱う人は必読。スタッフ全員分購入して配りたいほどおすすめです。

 

本書は、いかにことばに正解というものがないか、ことばの選び方や順序の違いが相手に思わぬ誤解を与えてしまうかを、わかりやすくかつ面白く書いています。

 

同音異義語、前後の文脈、省略のしすぎ、助詞の誤り、修飾語の係る先が曖昧、語感のすれ違い、事前に持っている知識の差…等々、項目を挙げただけで皆さん、ピンと来るのではありませんか?

 

本書で初めて知ったことばがあるのですが、「内包」と「外延」、皆さんご存じですか?論理学の用語だそうですが、面白い例が載っていました。

 

AさんがBさんに「お菓子を買ってきて」と言ったら、Bさんは塩ピーナッツを買ってきました。すると塩ピーナッツはお菓子かどうかという話になりました。二人のあいだで「お菓子」と思うものにずれがあったのです。

 

内包とは「あることばが内に抱え込んでいる意味」だそうで、本書では「お菓子」の内包は「食事のとき以外に食べる」「客に出すこともある」「甘く作ったものが多い」とされていました。次に外延ですが、「そのことばで指すことのできるものごとの範囲」とのことで、AさんとBさんは、内包は一致していたのですが、外延が違っていました。外延で同じだったうちの一つが「チョコレート」、違っていたのが、Aさんは「おはぎ」「大学芋」、Bさんは「塩ピーナッツ」「酢コンブ」――この4つ、皆さんは「お菓子」だと思いますか?

 

どうしても誤解が生まれるのがことばの難しさ。時代の変遷によりことばの意味も受け取られ方も変わってきます。辞書間でも語釈が違うのですから、「正しい日本語」はなく、いかに相手と誤解のないコミュニケーションをとるかに尽きるのです。著者は最後に、活字は「誤解が起こってしまったら、それっきり」と訴えています。伝えたいことがそのとおりに伝わる表現になっているか、ゲラに目を光らせましょう!